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KHM 一学期目を終えて

KHM 一学期目を終えて

2019年10月にケルン・メディア芸術大学 (KHM) に入学してから4か月が経ちました。先日セミナーの発表会があったのでこれを期に一学期目を振り返ろうと思います。

今期は主に三つのセミナーを受講しました。一つ目は Phil Collins のパフォーミング・アーツに関するセミナーです。シラバスを見る限りではアメリカの黒人の歴史を振り返るという内容で、今回受講した中で最も自分と関係ない分野だと思っていたのですが、まだドイツ語で講義を受けるのは難しいので英語の講義を受けたいという理由で参加したところ実際にはドンピシャなセミナーでした。セミナーの主な流れとしては映画を見てから短いディスカッションをして、次の週までに映画に関連した読み物の課題が出るというシンプルなものです。映画はフィル自身の作品やブラックパンサー党、Malcolm X ら黒人の歴史を語るうえで欠かせない組織・人物から、Audre Lorde といった日のあまり当たっていない偉人のドキュメンタリーなどです。また、課外授業としてベルギーや近隣のボンなどに行って Pina Bausch や Rosas らのダンス作品を観賞に行きました。ドンピシャと書いたのは、KHM では映画やニュー・メディアの学生はいてもコンテンポラリー・ダンスをしている人がほとんどいないので、そういった安心できるグループに顔を出せたことが特に有意義でした。

Tobias Hartmann のクリエイティング・サウンドは録音データのアーカイブをテーマにしながら学生の取り組んでいるテーマに応じてボコーダーや空間音響などの話がありました。個人的にはセミナーの内容自体よりはトビアスと雑談する中で位相変調のモジュールを書いたり、Web Audio でフィードバック・ループを実装したりして、後者はチャット版の p-code でも用いて後述のパフォーマンスにも使いました。また、セミナーで様々な技術を紹介しながらも「重要なのは自分がどうやって発表したいのか。ライブ・パフォーマンスでもいいし、スタート・ボタンを押して自動再生する作品でもいいけど、フォーマットは自分で決めないといけない」といったことを話しており、そのアドバイスが自分の活動をオンラインとアルゴリズミック・サウンドという具体的な方向に結びつける上でとても参考になりました。

Ubermorgen (lizvlx & Hans Bernhard) & Sam Hopkins のセミナーは隔週で学部生向けと修士向けに分かれていて、前者ではインターネットの仕組みを、後者ではポッドキャストとしてゲストを呼んで一時間ほどのトークの後に質疑応答がありました。ポッドキャストは一年後の公開になりますが、昨年のものがこちらから聴けます(英語)。自分は10月から11月は隔週で出張があり運よくポッドキャストの方だけ参加することができました。特におもしろかったのは Diana McCarty (Transmediale の記事を参照)や Leo Impett で、後者はコンピュータ・ビジョンと美術史をの研究をしています。トークでは機械学習の際にラベルとして用いる言葉の正確さを疑っていない印象をうけたので、質疑応答では言葉の高次元空間へのマッピングについて話をしました。自閉症スペクトラムのため言葉がうまく出てこないことについて話したところ、それは必要な言葉にイメージを関連付けることができないのか、あるいはイメージを表す言葉が存在しないのかと聞かれ、その時は前者だろうと思いましたが自分でもうまく理解できていません。それから自閉症スペクトラムの子供を持つハンスも子育てをしながら考え方の違いについて驚かされているといった話があり本題からは逸れたものの有意義な議論ができました。ハンスともセミナー外に何度か会って、ネットアート関連の制作の進め方についてアドバイスをもらったり、フリーランスとして働きながら学生・アーティストとして制作をするライフスタイルに関する相談にも乗っていただいています。

performance セミナーでのパフォーマンス

先日はフィルのセミナーの発表会でパフォーマンスをしました。日付が決まったのが直前だったこととベルリン旅行などがあり一日しか準備に充てられず、これまで作っていたものをかき集めてパフォーマンスにすることを考えました。コンセプトとしては映像や音、動き、言葉などモダリティの異なる要素を自閉症スペクトラムの視点で関連付けながらステージ上でアーカイブの作成をするというものです。そこで昨年行っていた体の動きの研究をもとにパフォーマンス中にウェブカメラでレコーディングを行い、当時作ったバーチャル・ギャラリーにその場でアップロードするようにしました。動く中で関連付けをするイメージが欲しかったため、ここではグーグルの画像検索を用いて投影しました。シンプルな方法ではありますが、逆に観賞者側にとって慣れ親しんだツールであるため何が起きているか分かりやすかったと思います。パフォーマンスのイントロダクションについては直接話すか迷ったのですが、これまで行ってきたレクチャー形式との違いを強調するためにチャット版の p-code を用いてタイピングすることにしました。そのためその場にいながらインターネットを通じて言葉を発して、更にその言葉がライブ・コーディングとして p-code の文法で音に変換されます。これまで作品を作る際になるべく要素を減らしてシンプルにしようとしてうまく意図が伝わらなかったのですが、今回は逆に自分の制作中のものを詰め込んでその中で何か一つでも伝わることがあればと考えました。緊張することもなかったし発表後は非常にポジティブなフィードバックをいただいたのですが、パーソナルなパフォーマンスであるためとても居心地が悪いというか、自分のもろさを感じながらの発表でした。また、一人で制作することから長く離れていたこともあって作品の責任を一人で追うということも怖かったのだと思います。これから作品に落とし込む段階でここまで内容について書くか迷ったのですが、技術だけでなくコンセプトもオープンにするのが自分のスタイルだと思いあえて掲載しました。

永松さんが PCD での発表で IAMAS で勉強していたことを「セルフ島流し」と言っていましたが、初めは私もそのような気持ちでケルンに来ました。例えばベルリンにも UdK (Universität der Künste Berlin, ベルリン芸術大学) のメディア・アート学科や、パフォーミング・アーツで有名な HZT (Hochschulübergreifendes Zentrum Tanz Berlin, 大学連合ダンスセンター) などがありますが、あえてあまり有名ではない KHM に入学しました(当時出願していたのは KHM だけだったので、不合格なら帰国してフリーランスとして活動を続けていたと思います)。KHM では特定の教授のもとで制作をする仕組みをとっておらず、私のようにいくつもの方向に手を出して活動している者としてはちょうどいいと思います。また、ドイツではメディア・アートはベルリンがメインストリームだと思いますが、そこから少し離れていることも私にとっては適した環境なのではと考えています。

学外ではタンツハウスでのプロジェクトに参加させていただいたため12月と1月初旬はほぼセミナーは欠席していました。同プロジェクトはデュッセルドルフの工科大学である Hochschule Düsseldorf との共同制作だったのですが、今後も別のプロジェクトで同校と仕事をする予定です。また、今年の5月には Meta Marathon というフェスティバルで織物とコーディングのワークショップをする予定です。他にもいくつかパフォーマンス等を調整中で決まり次第告知できたらと思います。

いくつかアート系の案件をこなしている話をツイートしたところ、さのさんからこんなコメントかあった。実際のところ、いいところは多いと思う。特にアーティストとして自分でアイディアを出しながら制作しているプロデューサー的な人は、予算を取るだけでなく先の Hochschule Düsseldorf など大学や企業などのサポートも得られる。しかし、現在の自分のようにフリーランスとして他のアーティストの手伝いのような形で活動していると、それなら商業案件をやるのとやりがいは変わらないし(アーティストと働いていてもクライアントと働いていてもダメ出しが入るのは同じ。もちろん、どちらにしろ働く相手によるところが大きいけど)、稼げる額としては商業案件のほうが圧倒的にいい(目安としてはプログラマとして参加した場合ドイツのアート系はよくて1月3000ユーロ、日本の商業案件は条件がいいと1月100万円くらい)。それでもアート案件で働く意味は、メディア・アートのシーンに留まってコネを作ることで、いつか自分の作品を発表する機会を得ることだと思う。なので今はコラボレーションをしながらキュレーターやディレクターと仲良くなりつつ、それ以外の時間は自分の制作に打ち込んで機会を伺うというスタンスでいるけど、上の引用元ツイートで「他人の作品を手伝って自分もアートしてる気になってしまってある意味ではたちが悪い」と書いたのは自分の制作に使う時間がゼロになったら本末転倒、ということ。あとは、現状自分は(良くも悪くも)大学やアート・センターなどの枠組みの中で活動しているので、自分で何かを始めようと思ったときに必要なサポートが受けられるのかは分からない。今もクリエイティブ・コードを地道にやっているけどもっと人を集めて自分でパフォーマンスや展示を企画してお金や場所まで調達できるのかというと未知数。

ちなみにドイツのノルトライン=ヴェストファーレン州はドルトムント、エッセン、デュッセルドルフ、ケルンなどにメディア・アートとパフォーミング・アーツのアート・センターがあります。どこもがそこそこ予算があってインタラクティブな映像や音を作れるプログラマを求めているものの、ベルリンなどとは違い人材が足りない売り手市場でいくらでもチャンスがあるので興味がある方はぜひ声をかけてください!

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