吉野石膏美術振興財団 海外研修助成レポート
2020年4月1日より2021年3月31日まで吉野石膏美術振興財団に海外研修助成をいただいた。下記はそのレポートの抜粋。
研修を始める半年前、20代の終わりに再び大学院に入学するとはどういうことなのか不安に思っていたが、過去に美術系の大学で研究員として滞在したことはあったものの学生として在籍したことはなかったため非常に有益な経験となっている。二年前にライプツィヒに滞在していた際に同じような境遇で30代になって大学院に在籍していた画家の友人が、学部を出てすぐに大学院に進むよりもキャリアの途中で視野が広がってから大学院に行った方が得るものが多いと話していた。私自身、30歳を過ぎていい意味で作家としてのハングリーさが落ち着いてきたこともあり、現時点での制作だけでなく今後のキャリア・プランやコミュニティを巻き込んだ活動など大局的に物事をみることができるようになった。大学のセミナーを受講する際にはどうやって自分の才能を認めてもらうかではなく、一歩引いて周りを観察して他の学生が何に興味を持ってどのように取り組んでいるのか、自分がどのように周りに貢献できるかについて考えるようにしている。そしてリハーサルやプレゼンテーション、ワークショップの練習など新しいことを実験してフィードバックをもらう場所としてセミナーが機能していることもあり、学外での活動につながっている。大学教員からはセミナー外でも気にかけていただいており、舞台作品からミュージック・ビデオなどの制作もしているフィル・コリンズや、ネット・アートの大御所でもあるウーバーモルゲンなど一線で活躍しているアーティストらにキャリアについて相談することもあれば、電子音楽のトビアス・ハートマンやキュレーターの由宓は年齢も近く話しやすいこともあり、学内外でのコラボレーションにもつながっている。
制作でもコミュニティへの還元の観点からも「ニューロ・クイア的メディア・アート表現の研究」に取り組めたことを自負しているが、ジェンダー、発達障害やアイデンティティといったテーマは研修修了時などある時点で達成できるものではなく、アーティストとして活動する限り今後も継続して取り組んでいかなければならないと考えている。本研修を修了するにあたり、新たなテーマとして既存のソーシャル・メディアに依存せずにメディア・アートの分野で研究をしていくことを掲げたい。研修中は下記の活動報告にまとめたように、オンラインを中心に活動していたこと、ツイッターやフェイスブックなどを軸にしていたため周りを「飽きさせない」よう制作サイクルがとても短くなっていた。一年近く発信を続けながら継続できたプロジェクトもあれば、他方ではアウトプットを優先して先行研究などのリサーチがおろそかになっていた面もある。自分自身流されやすい性格のためデジタル・アートのコミュニティで何が行われているのか、自分がどのようにみられているか逐一チェックしていたが、今後は研究テーマをある程度しっかりと持って腰を据えて制作したいと思う。現在取り組みを始めている内容として、ダンスとテクノロジーに関してジュディス・バトラーら哲学の観点から身体性がネットワークを通じてどのように変化しているか、またテクノロジーを用いた身体表現を映像以外の形でどのようにアーカイブするかについて共同作業者らとディスカッションしているほか、引き続き日本・ドイツの助成金等に申し込みながら活動を続けることを予定している。オンラインを活動の舞台としながらもソーシャル・メディアに依存せずに違った形で他の作家らと関わりながら、また大学のインフラストラクチャーやネットワークを活用して発信していくことを目標としている。