DIVE フェスティバル 2019
ドイツのボーフム(Bochum)で2019年11月21日から24日に行われたDIVE フェスティバルのレポートです。
ボーフムはノルトライン=ヴェストファーレン州にある市で、同州のケルンからは電車でおよそ一時間、ドルトムントからは10分で着きます。近くにあるエッセンと同じく炭鉱で栄えた街で、今回紹介するインスタレーションのあった Zeche Eins は労働者用のシャワー施設だったものをシアターに改装したものです(カバー写真でも、奥の壁が風呂場のようなタイル張りになっているのが分かると思います)。同フェスティバルについては全く聞いたことがなかったのですが、友人の Wisp Collective がインスタグラムで告知しているのを見て知り、調べてみるとカナダのモントリオールで面識のある Chris Salter のインスタレーションもあるとのことで急遽チケットをとりました。
Sense Factory
部屋その一。インスタレーションは大きく分けて二つの部屋に分かれている
Chris Salter らの Sense Factory はその名の通り、工場のように体験者に新しい感覚を提示するコンセプトの大型インスタレーションです。構造は巨大なインフレータブル・バルーンで、中が二部屋に別れています(ミュンヘンでのオリジナル版では三部屋あったそうです)。まず、初めの部屋は床もエア・マットレスになっており、一定の周期で床が膨張と収縮を繰り返します。香水のにおいや音、照明もそれぞれの周期で制御されていたり体験者に反応したりするため、体験者は常に五感をシフトさせなければなりません。また、部屋の中の人数によっても体験は大きく異なります。最初に入ったときは二十人近くいて床の空気が抜けると蟻地獄のようになっていたのですが、後で入った際には二、三人しかおらず、横になっていると体勢がゆっくりと変わっていくのが感じられました。
部屋その二
次の部屋はタワーといくつかのマットレスに分かれています。ベッドのようなマットレスに横になってもいいし、ベンチのようなマットレスに座ることもできます。また、カーペットの下にバルーンの構造があるため、ときどきカーペットが持ち上がって壁になりレイアウトが変わってしまうことがあります。タワーの入口には透明のカーテンがあり内部の見た目はサウナで、ベンチにはトランスデューサが取り付けられておりこれも一定周期で振動していました。実は部屋の内部には微量の催涙ガスが注入されているそうなのですが、設計ミスにより外部に漏れてしまうせいで感じることはないのだと後でネタばらししてもらいました。
Chris Salter はモントリオールのコンコーディア大学の教授で、2017年に同大学に滞在していた際に一度リーディング・グループに参加させていただきました。そのグループをオーガナイズしていたのが今回のインスタレーションの照明デザイン・プログラミングを担当している Alexandre Saunier です。当時のリーディング・グループでは Chris Salter の別の作品である Haptic Field の解説があったのですが、Sense Factory と同系列の作品で、シミュレーションとしての感覚を提示するのではなく、体験者を非日常的な状況に置くことで新しい感覚が発現することをテーマにしているようです。前者ではゴーグルとスーツにより視覚と触覚をモジュレートしているのに対し、後者では特に身に着けるものはなく、代わりにエア・マットレスにより力覚を提示する他、においを用いているのが特徴です。大型のメディア・アート・インスタレーションというとチームラボのようなプロジェクションのイメージが定着していますが、本作品はディスプレイは入口の動画のみで、光、音、力覚、振動、においのミニマルな要素をシフトさせながら新しい体験を作り出す試みはユニークだと思います。その一方で、他の体験者が遊園地的な体験を求めて来ている場合、特に雑談していたりマットレスに飛び乗ったりされると没入感がすぐに失われてしまう繊細な面もあるようです。
Strata 3D
夜はボーフムのプラネタリウムにてオーディオビジュアル作品のパフォーマンスや上映がありました。Wisp Collective は去年ルーマニアのフェスティバルで知り合ったのですが、ライプツィヒを拠点としていて空間音響を得意として美術館のインスタレーションから映画のサウンドデザインを手がけるほか、ライプツィヒのアンダーグラウンドなシーンでも活躍しています。技術面でもスピーカーを自作したり空間音響のソフトウェアを開発したりしていて、実はこのプラネタリウムの音響設備にも関わっているとのことです。今回の作品 Strata 3D はドラマーの Andrea Belfi とのコラボレーションで、同氏の Strata を元にしながらシンセサイザやドラムのディレイを空間にマッピングしていました。
LOST
Ulf Langheinrich の LOST は単色のプロジェクションとプラネタリウムの周囲に設置されたストロボを使った作品です。ただひたすら周波数や同期をずらしながらストロボがたかれているのですぐに目をそむけたくなるのですが、しばらく半目で観ていると慣れてきて不思議な波紋のようなパターンが見えるようになります。パリの104の展示でも同系列のインスタレーション Solid State (Alexander Schubert) があるのですが、こちらも目が慣れ始めるとパターンが見えました。LOST のコンセプトはおもしろかったものの、プラネタリウムの設備のためか光量も音量も少し物足りなかった気がします。
その後は同じくプラネタリウムで朝までパーティがありました。DJ と VJ のパフォーマンスがあったのですが、VJ をしていたのはなんとフェスティバルの技術ディレクターとのことで、底なしのエネルギーに感服しました。