息を潜める
2019年に Processing Community Day (PCD) を企画したとき、自分のアーティストとしてのエゴを殺して息を潜め、裏方としてなるべく参加者全員が楽しめるようなイベントをできればと考えていた。その頃自分はアーティストとしてジェネラティブな映像を作ったりダンスとメディア・アートを組み合わせた自分だけの作品ができると考えていたのだが、ある意味古いモデルだということも自覚していてそれが必ずしもこれからの Processing コミュニティにそぐうものだとは思っていなかったからだ。とはいえ「新しい風を吹き込む」意味で PCD では多くの若手アーティストにワークショップ講師をお願いしたり、ライトニング・トークでは教育者の立場や学生(兼社長)の目線からのお話があったり多様な発表者から応募をいただいた。
その頃から「キュレーション」を自分のアセットの一つとして自覚するようになった。今までキュレーションについて学んだことはなかったし、そもそも「キュレーターは怖い人」というイメージがあった。しかし実際にはそんなことはなく、日本では特に若手のキュレーターが不足しているが欧米では(少なくとも現在住んでいるドイツでは)同年代の数多くのキュレーターらが活躍している。キュレーターという仕事が(少なくともアート業界では)認知されていることに加え、ギャラリーの母数が多いためキュレーションをする機会が多くあることも追い風になっているのだと思う。しかし特に卒業したてのキュレーターなどは展示を企画しても予算や場所などロジスティックスに制限があることが多いため、「有名な」アーティストを呼ぶわけにはいかず、知っているアーティストの中からうまくテーマに沿うような作家、作品を集めなければならない。そんな中から自然にキュレーターとアーティストの持ちつ持たれつのネットワークが生まれるのではないかと思う。キュレーター側も自分のネットワークにいるアーティストを支援したいし、アーティスト側も自然にキュレーターに活動を売り込んで機会につなげようとする。なにか大きな作品を作って誰かから声がかかるのを待っているようなアーティストは知り合いにはいない。
自分にとって PCD はまさにそういった機会の一つだった。もちろん2019年の第一回、2020年の第二回ともに共同での運営だったためコ・キュレーター(共同キュレーター)の立場ではあったがその中である程度自分のわがままも聞いてもらいながらライトニング・トークの企画などを通してもらった。基本的なポリシーとしてジェンダー比とスキルの多様性は常に意識している。例えば絵画と違ってプログラミングは優劣がある程度定量的に計れるため、それをクリエイティブ・コーディングのスキルの優劣と取り違えてしまうことがあるが、それは明らかな間違いで実際には他の芸術分野のスキルであったり、知識一般だったり、発達障害だったり、人生経験すべてが関係する複雑なものだ。そんな中で PCD は単にスキルを高めるためのイベントとしてではなく、他の人がどういった背景でどういった活動をしているのか、そしてより踏み込んでだれでもコードで制作していいのだと知ってほしいし、その足がかりになったらという思いで企画している。
2020年はオンラインでの活動で更に経験を積むことができた。PCD の活動をワールドワイド版(英語)や日本語版のハングアウトとして Processing の枠を超えて継続して行ったり、 Hydra Meetup でもライブ・コーディングで活躍しているコミュニティ・メンバーを呼んで発表をしてもらった。中でも Hydra ミートアップを共同でオーガナイズした Olivia Jack やコラボレーション・プラットフォームに関するミートアップをした Marie Claire LeBlanc Flanagan は多様性についてクリティカル取り組んでおり、オーガナイズの上でより参加しやすいイベントを作るための行動規範や告知文の言葉遣いなどについて建設的な議論をすることができた。
「多様性」を求める上で難しいのは内輪の馴れ合いになってしまったりプロフェッショナルな面を維持するのが難しいことだとはじめは考えていた。しかし実際にはある程度テーマやポリシーを持っていたり、継続的に発信している限りそのような心配はないのだと思う。というよりは、プロフェッショナルというコンセプト自体が排他的なもので、その価値観自体を自分たちの世代が作っていかないといけないし、クリエイティブ・コーディングというコンセプトを超えて自分たちのアイデンティティを表現するものとしてのアート(だけでなくクリエイティブなアウトプット全般)が必要なのではないか。1月に Raphaël de Courville と作成した「クリエイティブ・コーディング・ミニリスト」はラファエルとほぼ二人で書いたのだが、テーマに関連したツールやリファレンスを列挙したいわゆる「awesome list」と真逆のコンセプトでテーマに沿って私達の偏見で一つずつ「ツール」「アーティスト」「ウェブサイト」「本」を提案している。特にアーティストの項目は8割型自分が書いていて友達ばかりを提案させてもらったのだが、これも馴れ合いとしてではなくまだ分野を越えてはそれほど知られていない才能のあるアーティストを紹介したかったためだ。結果的に好意的なフィードバックを多くいただいただけでなく英語の他に3か国後に翻訳作業が進むなどコミュニティを巻き込むことができた。
2週間後に迫った PCD Japan 2021 は完全オンラインであることや企画自体を Takawo さんと私の二人だけで行っていることもありこれまで2回に比べてより自由に企画を組ませていただいている。今回も自分のアーティストとしてのエゴは抑えているが、キュレーションの面ではもうこれまでのように息を潜めている感覚はなく、むしろ好き勝手にやりすぎていて怒られるのではないかという気さえしている。特に okachiho さんの Tidal ワークショップは以前から(声をかけるだいぶ前から) PCD にお誘いしたかったので個人的に楽しみだし、今後日本のライブ・コーディング・コミュニティに新しい方向性がでてくるのではないかと期待している。